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「いじり」と「いじめ」の違いとは? 元イジられキャラが語る!

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この世界には、「いじる」という行為があります。

テレビのバラエティ番組などで頻繁に耳にする言葉ですが、一般人の我々にとってもかなり便利な存在です。

場の雰囲気を盛り上げたり、コミュニケーションの方法としても役立ちます。

しかし、「いじり」が時として「いじめ」に発展する時があります。

度が過ぎる「イジり」は完全なる「虐め」です。

ただ残念なことに、「いじり」と「いじめ」の境界線を理解していない人が多くいます。

この記事では、大学時代の4年間をがっつり『いじられキャラ』として過ごした筆者が「いじり」と「いじめ」の違いについてハッキリさせたいと思います。

重要なのはいじられた側がどう思うか?

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結論から言うと、「いじり」と「いじめ」の違いはイジられている側が不快に感じるか否かです。

イジられている側が「嫌だな」「やめてほしいな」と思ったら、それはもう『いじめ』になります。

イジっている側の「ただのイジりだから」という言葉に意味はありません。

ほんの些細なことで相手が怒ると、「この程度で!?」と思うかもしれませんが、受け手が不快だと感じたら、それは「いじめ」に該当します。

 

イジる側が注意すべきこと

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いじられる側が「不快」と感じた時点で、それはイジメです。

そのうえで、イジる側が注意すべきことは、相手のリアクションをしっかりと観察することです。

相手の反応が悪いときは、不快感を抱いていると思って間違いありません。

それ以上イジることは、お互いに気分の悪い結果になってしまいます。

 

「このイジり方はダメなんだな」と察してください。 

また、イジられて許されるか否かの基準に信頼関係や仲の良さがあります。

自分と相手の関係性を見極めることも重要です。

「周りがイジってるから」という理由で、仲が良いわけでもないのにイジってくる人がいますが、相手を不快させることが多いのでやめた方がいいでしょう。

そうしなければ、自分ではイジっていたつもりでも、相手からは凄く嫌われてしまったなんてことになりかねません。

 

筆者は大学時代、友人に対する周囲のイジりが度を超えていたので、「お前らのやってることは虐めだぞ」と注意したことがありました。

注意された人間は、「イジメをしている」と思われたことにショックを受けていました。本人たちにイジメているという感覚はなく、無意識でいじめの加害者になっていたのです。

イジる側の皆さんは本当に注意してください。

 

イジられる側が注意すべきこと

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イジられる側の方が注意すべき点は、『自分の中の不快感に素直になる』ということです。

「これはイジられているんだ」と納得してしまったり、「空気を壊したくない」と我慢をしてしまえば、相手はどんどん調子にのっていきます。

「これくらいは大丈夫」という思いがイジりをエスカレートさせ、いじめとの境界線を簡単に踏み越えてしまうのです。

これを防ぐためには、イジられる側が不快感を露にすることです。

「これは嫌だぞ」と伝えることです。

もちろん、それができないことも理解しています。

周りの雰囲気や人間関係を考慮して、我慢してしまう気持ちもわかります。

しかし、そこで我慢をしてしまうと、どんどん自分の立場は辛くなっていきます。

イジられキャラとして、他人なら怒るようなことも平気でやられるようになります。

イジりがエスカレートすれば、それこそ人間関係はおしまいです。

もし、イジってくる人たちのことを仲間だと考えているのなら、ハッキリと不快感を示しましょう。

 

僕は大学時代、ずっとイジられキャラでいましたが、「嫌だ」とハッキリ言ったことはほとんどありませんでした。

その結果、僕に対するイジりはエスカレートしていき、最終的には耐えられなくなってしまいました。(現在、大学時代の友人とは縁を切っています)

思い返せば、イジり方が度を超えていたとはいえ、熱く語ったり一緒に楽しんだ仲間です。嫌なことは「嫌だ」と僕が伝えていれば、今でもいい関係を保てていたかもしれません。

 イジられキャラの人は、自分の中の不快感を表現してください。

我慢する必要はありません。

「これはイジりだから」なんて言葉を自分に言い聞かせないことです。

不快なイジりは虐めです。

本当に仲良くしたい相手にこそ、怒ることが必要です。

 

まとめ:適度なイジりで楽しく

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「イジる」という行為は、適度であることが楽しむ為には必要です。

使い方さえ間違えなければ、素晴らしいコミュニケーションの方法になります。

僕も、イジられて嫌な思いをした反面、イジられたことで場に溶け込めたり仲良くなれた経験もあるのです。

「限度を守ること」これが本当に大事だと思います。

その為には、お互い敏感になることです。

調子にのってイジり続けた結果、気付かないうちに『いじめの主犯』になっているかもしれません。

「イジられてるだけだ」と我慢していたら、知らぬ間に『イジメられている可哀想な人』になっているかもしれません。

相手との関係を大切にしたいなら、時には怒ったり喧嘩をしてぶつかり合うことも必要なのかもしれません。